勉強が苦手な生徒=文章を読むのが苦手な生徒
文章を読むことが苦手な生徒は、文章を読む経験が足りないから文章を読む力が弱いと思っていた。
だから文章を読みさえすれば勉強が出来るようになると思って
漫画や小説ををたくさん読むよう勧めてきた
それにより文章を読む力が上がる生徒は多い
その一方で、読むという行為自体がどうしても出来ない生徒がいる
それがなぜなのかわからなかったが、ダニエル・ピンク著
「”ハイコンセプト”新しいことを考え出す人の時代」という本を読んで納得した
原因は右脳と左脳の働きの違いにあった
左脳は論理的思考を得意とし、物事を順序立てて細かく分析する。
右脳は感覚的な能力を得意とし、物事の全体像を瞬時に捉える。
よって、左脳は、計算や文章理解に優れ、右脳は芸術等の創造力が必要な場面で力を発揮する。
何を思考するときでも、常に両者は協働しながら機能しているのだが、この左右の脳の得意分野の違いが勉強の得意不得意を作り出しているのかもしれない。
学校における勉強は、そのほとんどが左脳の能力によって行われるものばかりである
学力=左脳の能力といっても過言ではない
左脳の能力主導で物事を捉えている生徒は学力が高く
右脳の能力主導で物事を捉えている生徒は学力が低い
頭が良い悪いではなく、向き不向きの問題なだけだ
右脳の能力はスポーツや芸術の分野のみならずクリエイティブな仕事が要求される現場で必要不可欠な能力である。
映画監督のスティーブン・スピルバーグや映画俳優のトム・クルーズは文章が読めないというのは有名な話である。
「絵心がない」や「音痴」と同じように「文字を読むのが苦手」なのは
本人の努力不足や怠けではなく
特性だと考えると非常にしっくりくる
猛烈にやればすこしは上手くなっていくかもしれないが、そもそもが苦手なのだ
大した結果は望めない
しかし、それを短時間ではあるが改善する方法は存在する
右脳に電極を当て右脳を麻痺させると、学力テストの結果が短時間だが160%も上がったという実験がある。
強制的に右脳の機能を下げて、左脳で物事を考えさせただけで、学力は上がる。
確かにこれなら、左脳主導で物事を考えるようになるのだが
(右脳が麻痺している間の短時間)
こんなことをして何の意味があるのだろうか
右脳の能力が高いのであれば、それでいいのではないか
得意な分野の能力を押さえつけて苦手な分野をのばすことは非効率だと感じる
勉強が苦手な生徒の学力を無理に上げようとするのではなく、得意な分野で能力を伸ばしていく道を応援するほうが良い
塾で生徒の学力向上を試行錯誤する中で僕なりに出した答えが、「苦手な勉強はしなくてよいから得意なことに時間を使え」である。
非常に乱暴なものの言い方だが、心の底からそう思っている。
右脳主導で直感的に全体像をつかんで物事を見ている生徒に勉強は向かないから
クリエイティブなことにその能力を発揮すればよいと思う
教育の場はそういった生徒にも成長や活躍の機会を与えられる場所であるべきだと思うから
今後の塾の在り方をしっかりと考えていく必要があると思っている
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